国家や組織の原理が人間と社会の中に深く浸透し、人間はこれらにより統制、管理され、またこの原理の実現と徹底を図る状況が進展した。他方で豊かで成熟した社会、しかも求心力を失った社会の中で人間は個人化、個別化し、さらには孤立化が余儀なくされてきた。そうした人間の姿とかたちが20世紀社会の特徴である。新しい世紀にあっては、自らをそれらの呪縛から解放し、自律(自立)的な人間を目指すとともに、人間が生きることの実感とリアリティをつくり出し、発展させるにふさわしい環境(社会)を構築することが求められている。その方向は、自律(自立)的な人間であることを志向しつつ、同時に共生を人間の行動原理とした社会を構築することであると考える。こうした課題を解明し、解決するにふさわしい学習の在り方を問い、学習のかたちを構築することに寄与する研究と実践、そしてそれらの交流の場が今必要になっている。ここで意味する学習とは、問いという人間の根本的能力をベースに営む、学習、教育、文化の創造的活動の総体を示す概念である。
この問題意識を具体的に示せば、少なくとも以下の4点になろう。
(1)20世紀は豊かな社会、高度な科学技術の発展した社会、情報化社会、そして国際化社会を生んできたが、国家の役割、経済的効率、グローバリゼーションなどを大義に、人間の自律性の確立、人間の共生、共生型社会の実現にブレーキをかけてきたことも事実である。また、これらと関連して、環境、食料、水、民族、宗教、貧困、戦争、格差などの地域問題もいっそう先鋭に現れている。これらの諸問題の形成に人間の学習が深く関係しているがゆえに、その問題の解明と解決も学習のかたちに期待するところが大きい。
(2)現在、学習は多様な教育機関・学校で行われるようになった。学習塾とフリースクール、さらにはNPO,株式会社などに学校運営を委託する公設民営学校など、多様な設置形態の学校が教育に参入する時代になった。公立の幼稚園と高等学校の運営を学校法人に委託するとの中教審答申(2004年3月4日)もその方向に拍車をかけている。こうした中でコミュニテイ・スクール(公設民営型学校)の構想は、学校と地域社会の関係にまったく新しいかたちをもち込もうとしている。そればかりではない。「特別支援学校」(特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議最終報告、2003年3月28日)でも、障害を持つ子どもの学習と教育をめぐる新たな関係の構築が期待されている。
(3)成人・社会人が自らの生活を充実させ、また自らのキャリア開発を目指したり、ボランティア活動などを通して社会貢献や参加を行う新しいかたちの活動とそれにかかわる学習活動が生まれ、展開しているのも現代社会の特徴である。ボランティアやNPOによる市民参画型の活動は、個人生活の関心や利益を超えたところでの、人間の共生的な生き方や社会貢献を目指すもので、これまでになかった新しいかたちの学習を求めている。さらにそれらを支援する専門家を必要としている。
(4)少子高齢化は21世紀社会の現実である。こうした現実から生まれる学習の問題や課題をどう捉え、解決するかは21世紀社会に生きる人間のきわめて大きなテーマである。生き方の充実、在宅訪問などの地域看護医療、健康、子育て、教育などを共生と地域という視野からその在り方を構想していく必要があると考える。
以上のように、人間と学習の関係は21世紀社会にあって特別で新たな意味を持つに至っている。こうした関係を問い、そこにおける人間の学習の在り方にかかわる知(理論知と実践知)を創造、蓄積、開発、交流する場と機会が今切実に求められている。これらの活動を例示的に示せば以下のようになる。
①人間と学習
②ミクロ・マクロな地域問題の解決ーボランティア、NPO、NGOなど
③地域における健康教育、訪問看護など地域看護医療支援
④子育て支援、特別支援教育
⑤音楽・芸術・スポーツ・文化活動
⑥地域住民活動と学校運営への参画
⑦学習コーディネーターなど学習支援専門家の活動及びその育成
⑧学習社会構築にかかわる政策と行政
などである。
私たちはこうした問題意識を踏まえ、「生涯学習に関する実践的並びに理論的研究を促進し、研究の交流及び情報交換等を行うことを通して、学習社会の発展に寄与する」(会則)「日本学習社会学会」の設立を発起するに至った。こうした学会設立の趣旨をご理解いただき、積極的な参加を呼びかけるものである。
2004年 4月 3日
「日本学習社会学会」設立発起人
代表 川野辺 敏